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薬害エイズ運動で左翼に取り込まれたやつ

1 :名無しかましてよかですか?:2007/11/07(水) 21:22:33 ID:f7/n48nv
いる?

2 :名無しかましてよかですか?:2007/11/07(水) 21:32:12 ID:Zd7+XiGv
知ってますよ( ̄ー ̄)ニヤリッ

3 :名無しかましてよかですか?:2007/11/07(水) 21:44:59 ID:f7/n48nv
彼のその後を聞かせて欲しい。

4 :名無しかましてよかですか?:2007/11/07(水) 21:59:12 ID:Zd7+XiGv
>>2は『新・ゴーマニズム宣言スペシャル・脱正義論』
のなかの有名な一コマだっての。


5 :名無しかましてよかですか?:2007/11/07(水) 22:08:55 ID:f7/n48nv
あぁあれかwったく釣りじゃなくて本物に出てきて欲しいよ。
書き込みお待ちしてまーす。

6 :名無しかましてよかですか?:2007/11/14(水) 19:43:33 ID:S3y/W71g
そのまま共産党員になりました。

7 :名無しかましてよかですか?:2007/11/14(水) 23:23:07 ID:lM6ZdFkD
虐めに関するよくある勘違いと正しい見方 ver.071114

其の零「虐められる側にも原因がある」
 "原因追究"を途中で止めた結果陥る典型的な錯誤である。加害者へ対処できない無能な教師が教育責任を放棄する際の言い訳にもよく使われる
 理由が何であれ、数ある選択肢の中からその行為を選択しているのは行為者自身。被行為者に原因を求めるのは行為者の甘え・責任転嫁でしかない
 そもそも虐める側が虐め以外の選択をすれば、虐めは起こり得ない(虐待、差別、嫌がらせ、暴言、暴力の他、思考、解釈、期待、信頼、なども同じ)
 この理屈を主張する者の多くは「虐めの原因」と「虐め発生以前に起きた他の事柄の原因」とを混同しているか、原因(客観)と理由(主観)を混同している。
 虐めの真の原因は結局は唯一虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐、思いやり)の欠如に帰着する。つまり100%行為者側にある

其の一「学校を何度変わっても虐められる。これは虐められる側に原因がある証拠だ」
 この場合、本当の原因は「どの学校にも多様な個性を受け入れられない未熟者がいる事」である。「多数派は正しい」という誤謬を安易に盲信してはならない

其の二「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠だ」
 この場合、本当の原因は「虐める側に虐めたくなる理由・口実がなくなったこと」である。結局は行為者が変わらなければ行為は止まない。「被行為者が変われば行為を止める」というのは「自分が変わらずに済むための逃げ口上」でしかない
 これに似た錯誤として「祈ったら病気が治った→祈ったことが治った原因」等がある。表面的な事象のみで物事の因果は測れない

其の三「弱いから虐められる。強くなればいい」「この世は弱肉強食」
 同上で、論点のすり替えである。対処療法として必ずしも間違いとは言えないが、これによって虐めの原因が無くなる訳ではない。なお弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間ですら相互扶助している例は幾らでもある

続く

8 :名無しかましてよかですか?:2007/11/14(水) 23:23:41 ID:lM6ZdFkD
続き

其の四「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
 人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であって、虐めでなければならない必然性はない。寧ろ却って人間不信・社会憎悪を増しかねない。この場合、矯正すべきは「虐め以外の手段を知らない」者の浅はかさである(躾と称した虐待や体罰も同じ)

其の五「周囲に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」
 不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自業自得。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様。下記リンク先参照)

其の六「虐めは本能、必要悪」
 本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。虐めてないと死ぬ人はいないので本能ではない。また必要悪とは自動車のように「危険性・環境負荷」を孕んでいても「利便性・経済効果」が上回るような事を言う
 これらの理屈は、虐める事で快楽を得る側の自己正当化に過ぎない

其の八「虐めは無くならない」
 多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず解決している事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない。(地球上から)といった条件付の悲観的極論を主張したがるのは完璧主義者に多い

其の九「虐めをしたら厳罰に処すればよい」
 他人を犠牲にして快感を得ようとする行為は、一種の精神病である。しかし飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである

其の十「虐められる側を助けるべき」
 緊急時なら間違いではないが、真に救うべきは”愛に飢えた”虐める側である。被害者を救う必要はない。加害者側を救えば被害者は自動的に救われる。その事を無視して被害者のみを救おうとする行為は自己満足に他ならない

以上を読んでも尚「虐められる側にも原因が」と主張する人は、己の非(愛の欠如)を認めたくないか感情に自己責任が取れてないか、さもなくば読解力がないのである

現実(外界)はそれを見る心(内界)の鏡
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/philo/1186284398/1-3

9 :名無しかましてよかですか?:2007/11/14(水) 23:42:48 ID:vmElmYnH
虐めている側に虐めている自覚が無い場合は?
また虐められている側の被害妄想の場合は?

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