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【☆ やっぱりコヴァが好き ☆】

1 :名無しかましてよかですか?:2006/11/02(木) 07:32:36 ID:JC5e/Mkz
矛盾、論理破綻は当たり前
でも、どうしてもコヴァが憎めない
そんな方いませんか?

2 :名無しかましてよかですか?:2006/11/02(木) 07:36:32 ID:JC5e/Mkz
佐高や龍平君よりもよっぽど素性がきれいだと思うんだよね

3 :名無しかましてよかですか?:2006/11/02(木) 12:05:15 ID:CHLJ5g/2
人身御供
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東アジア
日本では人柱など。
転じて同様の行為にも使われる。
「白羽の矢が立つ」とは、元々このことをいった。
白羽の矢は所謂匿名による指名行為であった訳だが、これらは霊的な存在が目印として矢を送ったのだとされ、この矢が家屋に刺さった家では、所定の年齢にある家族を人身御供に差し出さなければ成らないとされた。

アメリカ大陸
アステカ人は「太陽の不滅」を祈って、人間の新鮮な心臓を神殿に捧げた。
ほかに豊穣、雨乞いを祈願して、捧げられることもあった。
しかしその一方では、これら生贄に捧げられる事が社会的にも名誉であると考えられていたとされ、球技によって勝ったチームが人身御供に供されるといった風習も在った模様である。

生贄は石の台にのせられ四肢を押さえつけられ、生きたまま火打石のナイフで心臓をえぐり取られたとされる。
生贄の多くは戦争捕虜で、生贄獲得のための花戦争も行われた。
選ばれた者が生贄になることもあり、稚児が神に捧げられることがあった。
ただアステカはこのような儀式を毎月おこなったため、一説にはこれにより社会が弱体化、衰退したとも言われている。

インカでも、同種の太陽信仰に絡む人身御供を行う風習があったが、これらの生贄は社会制度によって各村々から募集され、国によって保護されて、神への供物として一定年齢に達するまで大切に育てられていたという。
http://72.14.235.104/search?q=cache:vmz4DIE7hqcJ:ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E8%BA%AB%E5%BE%A1%E4%BE%9B+%E4%BA%BA%E8%BA%AB%E5%BE%A1%E4%BE%9B&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=1&ie=UTF-8
このとき、血塗られた神殿も案内された。
まだうごめいている心臓が銀の皿にのせられていたという。

翌日、スペイン人による人身御供の禁止に怒ったアステカ人が反乱を起こしモクテスマ2世を殺すと、コルテスは命からがらテノチティトランを後にしてトラスカラに引き返した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%B9


4 :名無しかましてよかですか?:2006/11/02(木) 12:06:15 ID:CHLJ5g/2
高岡法科大学
 だが、人身売買を完全に無くすことは大変難しいことである。
当時は奴婢(ぬひ)と呼ばれる最下層の人々の売買は法律上認められていた。
鎌倉・室町 時代になると、奴婢の売買も禁止され、江戸幕府も人の売買を禁止したのではあるが、それは永代売買が禁止されたのであって、数年間というように期間を限った年季売りは禁止されなかったのである。
その年季売りは次第に年季奉公の契約の形となって残っていったし、養子契約をする事によりそれも一生実親子との縁を切って他人の養子に出すという形で事実上の人身売買が行われていたようである。

現在は人身保護法や売春防止法で完全に 人身売買は禁止され、民法90条によりそういう契約の効力は否定されているが、でも風俗営業、芸妓置屋等をめぐって、この非合法現象が根絶されているわけではない、という難しさを抱えている。
なんと言っても、人身売買禁止政策の最大の敵は、鎌倉時代以来700年以上も続いてきた公娼(こうしょう)制度であった。
遊郭には派手に遊びまわる客人から落 ちるお金が躍動し、片や貧困にあえぐ農村地域の生活苦が隣接すれば、おのずと人の流れが人身売買の道を通じて生ずる事になる。
戦後1946年に占領軍総司令部(GHQ)は、日本の公娼制度を廃止したが、いわゆる赤線地帯といって売春が行われる特別地域の温存が図られたし、
また、占領軍のほうも、日本の公娼制度をなくしておきながら、かげで占領軍兵士のために娼婦の提供を要請したのではないかとの疑いもあり、それらの周辺で反人権である人身売買が行われていたらしい。
明治初年頃はなおさらのことであったろう。

 このような状態であったから、ペルー政府の抗議は時の明治政府に一方ならぬ当惑を与える事になった。
ペルー政府の抗議は日本政府が依然として人身売買という非行を許す未開の国である事を正式に世界にさらけ出した事になり、世界の文明国と肩を並べあうために条約改正という難事業を目前にした日本政府にとって手痛い打撃となったことは間違いなかった。
http://72.14.235.104/search?q=cache:3il60uZl6h0J:www.takaoka.ac.jp/zatsugaku/044/ishida02.htm+%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E5%8F%B7&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=1&ie=UTF-8




5 :名無しかましてよかですか?:2006/11/02(木) 12:07:02 ID:CHLJ5g/2
監視対象国
http://www.google.com/search?q=%E7%9B%A3%E8%A6%96%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E5%9B%BD&hl=ja&sourceid=gd
国国務省の年次報告で日本が「人身売買」の監視対象国に指定された。
言われたからやるというのではなく、もっと早く手を打っておくべきであった。
 ある日「不法」な状態となった人間は、犯罪組織に身を寄せるしかない。
 アメリカの禁酒法、日本の売春禁止法を見れば分かる。
 日経新聞の社説 はこの問題について
「現実に目をそらすことなく抜本的な入国管理法の改正が必要だ」
と論じた。
正論である。
http://64.233.179.104/search?q=cache:831P-aqn6vkJ:homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C939037033/E1498541982/index.html+%E7%9B%A3%E8%A6%96%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E5%9B%BD&hl=ja&ct=clnk&cd=2
報告書は、タイ、フィリピンをはじめとする東南アジアや、東欧、南米など世界中の女性や子どもが、性的搾取や強制労働の目的で日本に「密輸」されていると指摘している。
正確な統計はないものの、一説によると、その被害者数は年間20万人にも上るという。
また、報告書は、その人権侵害の深刻さに比して日本政府の対応は十分ではないと批判。
当局は、保護すべき対象であるはずの人身売買の被害者を、「不法」な入国者だとして逮捕・強制送還する対応に始終しているという。
母国で貧困に喘ぎ、日本で性産業の雇い主に搾取されたあげく、日本政府や日本人に冷たくあしらわれる被害者は、まさに四面楚歌の状況である。

国際社会では、2000年に「人の密輸議定書」を含む「国際組織犯罪防止条約」が国連総会で採択されるなど、反・人身売買の潮流が生まれているが、日本はその条約に署名こそしたものの未だ批准していない。
また、人身売買防止のための法整備や被害者保護の状況に関する昨年6月の米国務省報告において、日本は、G7の中では唯一の「分類2」(3段階中の2番目)に指定されるばかりか、その中でも「分類3」に転落する危険性のある「監視対象国」42カ国中の一国とされている。
「分類3」は、人身売買防止・被害者保護の基準を満たす努力すらしていないため米国による経済制裁の対象となり得るというような分類であり、北朝鮮やキューバなどわずか10カ国が指定されるのみである。

6 :名無しかましてよかですか?:2006/11/03(金) 03:32:07 ID:tNeXCLqm

なんすか、これ?

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